標高2543mのウル山(ウルダー)の裾野に広がるブルサは、ユネスコによりヨーロッパの最優良環境保存都市にも選ばれ、また、トルコ語で緑のブルサと呼ばれるほど自然豊かな町です。
1326年にセルジュク朝からブルサを獲得したオスマン朝はここブルサを最初の首都としました。その頃から絹織物産業が盛んになり現在では絹のみでなく、繊維工業で栄えています。
また、古くから温泉地としても知られています。ウル山にあるスキー施設は冬場イスタンブールからのスキー客で賑わいます。
トルコ・イスラム美術博物館 
イェシル・ジャーミィに付属する神学校だった建物を利用し、セルジューク朝やイズニック、キュタフヤ産の陶器をはじめ、民族衣装や民具などが展示されています。
コザ・ハン 
1490年にべヤジット2世によって建てられた隊商宿で、かつて繭の取引が盛んでした。
現在は、多彩な絹製品が販売されています。品質のよい物がそろいます。
べデステン・バザール 
商都らしく、いつも活気に満ちた地区です。べデスデンと呼ばれる小さなドームが連続するアーケードに覆われたあたりが、このバザールの中心地。ブルサの名産品、タオル地のバスローブなども安く販売しています。
ジュマルクズク 
ブルサの中心地から東に10km・ウル山の袂にある村です。昔ながらの生活を今も続ける村で、古い町並みが今もよく残っており、オスマン朝時代にタイムスリップしたように雰囲気が味わえます。
トルコ民芸品なども村で販売されており、散策にはぴったりです。時間がなく、サフランボルへの旅行を断念せざるを得ない方へも大変お勧めな場所です。
温泉 
ミネラルをたっぷり含んだブルサの温泉は、ローマ時代から評判で、ビザンティン時代には王侯貴族が保養に訪れ、いくつもの浴場が建設されました。温泉はオスマン時代に引き継がれ、ビザンティン時代の建物をそのまま組み込んだ大規模なハマムが出来ました。トルコ国内からは勿論の事、アラブ諸国からの長期滞在者も多いです。
エスキ・カプルジャは、ホテルが営業するブルサ一の豪華ハマムで、新装されているが設立は一番古い。ビザンティン時代、帝妃テオドラの若さと美貌を保つ為に設立され、1389年、ムラト1世によってオスマン様式に再建されました。
イェニ・カプルジャは、ユスティニアヌス帝の浴場を、1522年、シュレイマン大帝の宰相リュステム・パシャが大改装して以来、オスマン様式を保ち、現在も大帝時代のものがそのまま使われています。大衆的な雰囲気ですが、浴槽があります。ここは、男性専用ですが、すぐ隣に女性専用ハマムのカイナルジャがあります。
ウル・ジャーミィ
ウル・ジャーミィはブルサの町の中心にあります。
1395年にスルタン・ユルドュルム・ベヤジットの時代に着工され一時戦争などで中断していたのをユルドュルムの息子メフメット1世が引継ぎ1421年に完成しました。
内部は12の柱で5つにわかれており、それぞれ4つづつの丸天井から成ります。丸天井の数から言ってもほかのジャミィに比べ特徴がありますが、中でも中央の丸天井が鉄筋で覆われていてオープンエアーになっていたことがその最も大きな特徴です。(現在はガラス張りになっています。)
そして、その真下に礼拝前に身を清めるための16角形の泉が設置されています。また、一本の釘も使われずに作られた説教壇をはじめ内装においても無比の価値があります。
イェシル・ジャーミィ
ドーム式でなく初期オスマン建築様式のジャーミィでメフメット1世の命で建てられました。イェシルはトルコ語で緑と言う意味でその名の通り、内部はライトグリーンの美しいタイルで壁一面覆われています。
イェシル・テュルベ
外壁がターコイズブルーのタイルで覆われている八角形の霊廟で、ティムール軍からオスマン帝国を奪還したことで有名なメフメット1世とその家族の棺が安置されています。棺はブルーのタイルに金色のカリグラフィーが施された大変豪華なものです。
























