アナトリア高原の中央部に広がる大奇岩地帯として世界的にも有名なカッパドキア。
地質時代に活動していたハサン山とエルジエス山の噴火によって形成られた凝灰岩や溶岩層が雨風により浸食され硬い部分が残り
キノコ状をはじめ様々な奇岩となっもので、まさに自然の力の驚異を目のあたりにすることができます。
この地方はヒッタイト時代から交易の要所として栄え、4世紀頃には外敵から逃れて来たキリスト教徒達が凝灰岩に洞窟を掘りその信仰生活を営んでいたと言われています。洞窟住居についてはいろんな説がありもっと古くに掘られたとも言われています。ビザンティン時代には洞窟内に素晴しいフレスコ画も描かれました。
カッパドキアと言う地名はローマ帝国の1州となったときに「白馬の国」という意味のペルシャ語から付けられたものです。
ギョレメ屋外博物館
紀元4世紀頃から13世紀にかけてこの地域では修道院生活が盛んに行われていました。そのためギョレメ谷には30以上もの岩窟教会があります。特に10世紀から13世紀頃に造られた十字平面や丸天井の礼拝堂や教会が多く見られます。保存状態のよい教会内ではフレスコ画を見ることが出来ます。
トカル・キリセ
ギョレメ屋外博物館の外、チケット売り場の向かいにあり、岩窟教会の中では1番の広さがあります。天井や壁に描かれたフレスコ画の数も他の教会に比べて多く、特に入って直ぐの部屋の壁画は特に有名で、10世紀後半に描かれたものでビザンチン美術の傑作と言われています。
ウチヒサ-ル
カッパドキア地方の最高地に位置する村で、村の中心に聳え立つ一枚岩が村のシンボルです。この岩の表面には鳩の巣用に小さな穴が開いおり、住民は昔から鳩の糞を集め肥料として使用してきました。村の名前のウチはトルコ語で先端(カッパドキアの最高点)、飛ぶ(鳩が飛ぶ)両方の意味を含んで付けられたそうです。
オルタヒサ-ル
カッパドキア地方のほぼ中央に位置する村で、ウチヒサ-ル同様巨大な岩峰が村の中心にあります。オルタはトルコ語で中央、ヒサ-ルは砦で中央の砦という意味が村の名前になっています。
ムスタファパシャ
ユルギュプから約5kmのところに位置する村です。1924年にトルコとギリシャの間で住民交換以前はシナソスと呼ばれており、ギリシャ系住民が住んでいました。
そのため19世紀に建てられた聖ジョージ教会、聖バシリオス教会、
聖ステファノス教会、また、ギリシャ様式の古い家が残っています。
デヴレント
ユルギュプ、アヴァノス間にある谷で、雨風による侵食によってできた様々な形をした奇岩が点在している。特にラクダにそっくりな形をした岩は有名です。又、キリスト教徒達の隠れ家の跡も残っています。
パシャバー
ゼルヴェ屋外博物館の手前にあり、大きな岩からまるで3本のきのこが生えているような、巨大なしめじみたいな岩で有名です。トルコ語でぺリバジャ(妖精の煙突)と呼ばれており、岩の硬度が違うために雨、風の浸食でこのような形になったものです。
ユルギュプ
ネヴシェヒールに続くカッパドキア地方第2の町ユルギュプ。ネヴシェヒールから20kmの位置にありユルギュプの入り口付近に3本のきのこ岩(トルコ語でぺリバジャ=妖精の煙突)が並んで見えます。町の中心には大きな岩山があり登ることも出来、テラスからは町中が見渡せます。プチホテル、洞窟ホテル、4星ホテルといろんなタイプのホテルがあります。
アヴァノス
アヴァノスはヒッタイト時代から続く焼き物で有名な町です。トルコ最長の川クズル・ウルマック(トルコ語で赤い川の意味)の赤い粘土質の土から、昔ながらの足で回すろくろを使って大小様々な陶器が作られています。
地下都市
カッパドキア地方は自然が作り出した奇岩の他に人工的に作られた地下都市でも
有名です。その発祥は未だに謎が多く、紀元前400年頃には既に存在していたとの説もあります。しかし、その内部に礼拝堂などがあることから、アラブ人から逃れたキリスト教徒がその信仰生活を続けるために造ったという説が一般的です。
カイマクル、デリンクユが特に有名でその他にもオズコナックにある地下都市が一般公開されています。各地下都市内には各階に通じる通気孔、礼拝堂、厨房、食糧倉庫、敵の侵入を防ぐための丸い石の扉などがあり、大規模な共同生活が行われていたことが窺えます。
ウフララ渓谷
カッパドキアにある深い谷で、谷底まで約100m、全長10km以上に及ぶ渓谷です。谷の上の乾いた大地とうって変わり、川が流れ緑の木々が茂る渓谷には、外部からわかりにくいという地理的特徴から、多くのキリスト教徒が隠れ住んだ5000近くのの住居、100以上の教会や礼拝場が残っています。教会内部にはフレスコ画も残っています。
























