スーフィズム(イスラム神秘主義)
イスラム教が進展していく流れの中で、徐々にイスラムの法体系化が進んできました。イスラム法は厳格に生活様式全体を包括しています。
そんな中、外面的なイスラーム法を遵守するだけでは得られなかった内面的な心の平安を獲得しようと言う禁欲主義的な試みがスーフィズムの発露です。内面性の強調は最初は禁欲主義として始まりましたが、女性スーフィー「ラービア」が神への愛を強調し、禁欲主義から神秘主義へと変化してきました。スーフィーは「愛するもの」神は「愛されるもの」と定義されています。
スーフィーの修行とは「神」との合一を目指すことにあると言われています。精神的修行によって自己の意識が消滅し、神との一体化していくと言うものです。そう言った修行の中には音楽や歌、踊りなどによって忘我状態を目指す方法があります。世界各地にスーフィズムの道場が存在しますが、トルコに於ける一番有名なスーフィーの道場に旋回舞踏を行うメヴラーナ教団があります。世俗国家を標榜するトルコでは宗教団体として正式には認められていません。公式には観光の為のショー団体の扱いではありますが、トルコの民衆には、イスラム信仰の心の拠り所としてしっかりと根ざしています。
スーフィズムの発祥は12~13世紀のイラクです。その後、中央アジア、北アフリカ、インド、東南アジアなどに広く伝わっていきました。スーフィズムは他宗教に対しても非常に寛容で、神と合一すると言う目的はどの宗教でも同じだとして鷹揚に接したため、各地の土着の習俗や信仰にも柔軟に混合していったのです。当初、スーフィーの中には内面の信仰を強調する余り、反体制的な態度をとる者も居たため、イスラム法学者からは危険視されていました。その橋渡しをしたのが法学者で当時の最高学府ニザーミーヤ学院の教授として多数派であるスンナ派学問世界の最高権威の地位にあったガザーリです。彼は「疑いの余地のない知識とは何か」と言う疑念を抱き、その地位を辞し、真理を求めて10年もの間彷徨ったのです。そして、その結果、「真理」は直接体験によるスーフィーにあると悟ったのです。イスラム法を遵守し、その上でスーフィーの修行で得られる神との一体感こそが最高の真理であるとしています。彼を始めとするスーフィーの理論的構築がイスラム法とスーフィーを融和させていったのです。当初は目立つ形での修行は危険とされていましたが、この融和により徐々に公に行える様になり、13世紀以降には、ほとんどのミュスリマンがいすれかのスーフィー教団に所属しているまでになったのです。ミュスリマンはどこかのスーフィー教団とどこかの法学派に所属し、信仰の内面はスーフィー教団で、信仰の外面は法学派に従って生きる事になったのです。
時を経て、イスラムを信仰する上での心の拠り所としては未だ大きな位置を占めているとは言え、現代のスーフィズムは社会、経済、政治の上においても大きな勢力となってはいません。スーフィズムが果たしてきた歴史的な役割は、現在、おおむね西洋的な世俗主義やイスラム復興運動にとって代わられたと言えるかもしれません。

























